レバ刺しと憲法九条

昨日、7月1日より、生牛レバーの 飲食店での提供を、食品衛生法に基づき禁止された。「何を食べるか、何を食べないか」は庶民のきわめて個人的な自由な選択の事柄であり、嗜好品である物に、行政がいちいち口を出す問題ではないし、我々はそこまで付託していない。

これは、 一年ほど前に北陸の低価格な焼き肉屋で五人が牛ユッケを食べて亡くなったことに端を発した行政処分である。

牛の臓物系に関して詳しい事ははわからないが関西人などにとっては、高度成長期以前からの食べ物であったであろう。 いままで消費した物量と食中毒で亡くなった人の人数を計算して尚、生の牛肉の提供を禁止しなければいけないのであろうか。

これに対し新聞やテレビをはじめとしたメディアは殆どが異を唱えていない。

それは、小宮山洋子と今の厚労省のトップ、そればかりか我々、いまの日本人の多くが、「健康ファシズム」=「生命至上主義」の価値観に蝕まれているからではないか。 もっと言えば、「自分自身の生命至上主義」である。 これは戦後教育の最も悪しき負の部分であると我々は考えている。厚労省の小宮山大臣、役人にはそれが染み込んでいるのだ。そればかりではない、この「生命至上主義」が戦後の日本を腰抜けにしてきた思想の根幹なのであり、日教組が最も尊いとして来た思想なのである。「憲法九条」なども煎じ詰めれば、これに行きつくのである。つまり、「レバ刺禁止」と「憲法九条」は同じ土壌の問題なのだ。

時を同じくして米国のカルフォルニア州ではフォアグラの販売禁止が施行された。こちらは「動物保護団体」による支援を受けた当時のシュワルッネッガー州知事が署名したのだと言う。
では、米国のブロイラーはどうか? 食肉化するまでの工程は違うのだろうが、大差はないのではないか。

これは米国だけでなくフォアグラの本場である欧州ですら似たような規制がかかっている地域もあるのだと言う。

しかし、民族が長年育んできた食文化を「動物愛護」などという、「戦争反対」と同じで誰も反対できないようなスローガンで各国の食文化を破壊するのは正しい事ではない。

アジアで言えば、支那がハクビシン、韓国でなら食用犬の食文化がある。なぜか韓国では、ソウルオリンピック前に食用犬を食べさせる店を目立たないようにしたことがあった。

民族独特の食文化に対して他民族の我々が批判的な事を言うのは最も下卑た行為である。と同時にに我が国においてクジラ、イルカなどの食に対しては他民族は一切口出しをするべきではないのだ。

そこにヒタヒタとグローバル化した薄っぺらい「偽善」の波が押し寄せて来ているのだ。