12月13日、支那が性懲りもなく「南京大虐殺記念館」で国家主催の「追悼式典」を開催した。我が党は「南京大虐殺」を「ホロコースト」「従軍慰安婦」「朝鮮人強制連行」と同じレヴェルで否定してきた。左記の破廉恥極まりないプロパガンダのうち、「南京大虐殺」について、支那中共が喧伝する日本人の人外の蛮行「頭皮を剥ぎ、目玉を抉り取り、四肢を切断し、陰部を抉り取り、腸を切り刻む、妊婦の腹を裂き胎児を引きずり出す」等々について、普通の日本人なら、我が日本民族が為すはずがない残虐行為であろうことは分かろうものだ。これは紛れもなく支那人の残虐性に基づいた伝統的な行いに他ならない。支那人どもは自分達の感覚で大虐殺をデッチ上げたために、斯様な残虐行為を夢想したのであろう。語るに落ちるとは正にこのことである。支那人が誇る司馬遷の『史記』にも次のように書かれているではないか。"太后夫人遂に威夫人の手足を断ち、眼をえぐり取り、耳を焼き潰し、口をきけなくする薬を飲ます。便所の中に居らしめ、名づけて人豚(ヒトブタ)という。"

hadashinogen









(悪書『はだしのゲン』支那人の蛮行を日本兵に描き換えている)

●通州事件、佐々木テンさんの証言

通州事件とは、支那人が日本人を惨たらしく虐殺した大事件である。自由社『新しい歴史教科書』に記載されている事件の概要について次に記す。「北京東方の通州には親日政権がつくられていたが、1939年7月29日、日本の駐屯軍不在の間に、その政権の中国人部隊は、日本人居住区を襲い、日本人居留民385人のうち、223人が惨殺された(通州事件)」

この通州事件を生き延びた、佐々木テンさんの証言を以下に転載する。佐々木テンさんは支那人と強引に結婚させられ、通州で支那人として暮らしており難を逃れた方である。その50年後に、通州で目の当たりにした地獄絵図を佐賀県因通寺の住職、故調寛雅氏に語ったのである。以下はその目撃証言の引用である。

《『通州事件 目撃者の証言』藤岡信勝 編、底本『天皇さまが泣いてござった』調寛雅 著 より引用》


--------------佐々木テンさんの目撃証言--------------

●娘をかばう父親を惨殺

そのうち日本人の家の中から一人の娘さんが引き出されて来ました。
十五才か十六才と思われる色の白い娘さんでした。その娘さんを引き出してきたのが学生でした。そして隠れているのを見つけてここに引き出したと申しております。その娘さんは恐怖のために顔が引きつっております。体はぶるぶる震えておりました。
その娘さんを引き出して来た学生は何か猫が鼠を取ったときのような嬉しそうな顔をしておりました。そしてすぐ近くにいる保安隊の兵隊に何か話しておりました。保安隊の兵隊が首を横に振ると学生はニヤリと笑ってこの娘さんを立ったまま平手打ちで五回か六回か殴りつけました。そしてその着ている服をいきなりバリバリと破ったのです。
支那でも七月と言えば夏です。暑いです。薄い夏服を着ていた娘さんの服はいとも簡単に破られてしまったのです。すると雪のように白い肌があらわになってまいりました。娘さんが何か一生懸命この学生に言っております。しかし学生はニヤニヤ笑うだけで娘さんの言うことに耳を傾けようとはしません。娘さんは手を合わせてこの学生に何か一生懸命懇願しているのです。学生の側には数名の学生と保安隊の兵隊が集まっていました。そしてその集まった学生達や保安隊の兵隊達は目をギラギラさせながら、この学生が娘さんに加えている仕打ちを見ているのです。
学生はこの娘さんをいきなり道の側に押し倒しました。そして下着を取ってしまいました。娘さんは「助けてー」と叫びました。
とそのときです。一人の日本人の男性がパアッと飛び出して来ました。そしてこの娘さんの上に覆い被さるように身を投げたのです。恐らくこの娘さんのお父さんだったのでしょう。すると保安隊の兵隊がいきなりこの男の人の頭を銃の台尻で力一杯殴りつけたのです。何かグシャッというような音が聞こえたように思います。頭が割られたのです。でもまだこの男の人は娘さんの身体の上から離れようとしません。保安隊の兵隊が何か言いながらこの男の人を引き離しました。
娘さんの顔にはこのお父さんであろう人の血が一杯流れておりました。この男の人を引き離した保安隊の兵隊は再び銃で頭を殴りました。パーッと辺り一面に何かが飛び散りました。恐らくこの男の人の脳漿だったろうと思われます。
そしてニ、三人の兵隊とニ、三人の学生がこの男の人の身体を蹴りつけたり踏みつけたりしていました。服が破けます。肌が出ます。血が流れます。そんなことお構いなしに踏んだり蹴ったりし続けています。
そのうちに保安隊の兵隊の一人が銃に付けた剣で腹の辺りを突き刺しました。血がパーッと飛び散ります。その血はその横に気を失ったように倒されている娘さんの身体の上にも飛び散ったのです。
腹を突き刺しただけではまだ足りないと思ったのでしょうか。今度は胸の辺りを又突き刺します。それだけで終わるかと思っていたら、まだ足りないのでしょう。又腹を突きます。何回も何回も突き刺すのです。
沢山の支那人が見ているけれど「ウーン」とも「ワー」とも言いません。この保安隊の兵隊のすることをただ黙ってみているだけです。その残酷さ何に例えていいかわかりませんが、悪鬼野獣と申しますか。暴虐残虐と申しましょうか。あの悪逆を言い表す言葉はないように思われます。
この男の人は多分この娘さんの父親であるだろうが、この屍体を三メートル程離れたところまで丸太棒を転がすように蹴転がした兵隊と学生達は、この気を失っていると思われる娘さんのところにやってまいりました。

●女性に加えられた凌辱

この娘さんは既に全裸になされております。そして恐怖のために動くことが出来ないのです。その娘さんのところまで来ると下肢を大きく拡げました。そして凌辱をはじめようとするのです。支那人とは言へ、沢山の人達が見ている前で人間最低のことをしようというのだから、これはもう人間のすることとは言えません。
ところがこの娘さんは今まで一度もそうした経験がなかったからでしょう。どうしても凌辱がうまく行かないのです。
すると三人程の学生が拡げられるだけこの下肢を拡げるのです。そして保安隊の兵隊が持っている銃を持って来てその銃身の先でこの娘さんの陰部の中に突き込むのです。
こんな姿を見ながらその近くに何名もの支那人がいるのに止めようともしなければ、声を出す人もおりません。ただ学生達のこの惨行を黙って見ているだけです。
私と沈さんは二十メートルも離れたところに立っていたのでそれからの惨行の仔細を見ることは出来なかったのですが、と言うよりとても目を開けて見ておることが出来なかったのです。私は沈さんの手にしっかりとすがっておりました。目をしっかりつぶっておりました。
するとギャーッという悲鳴とも叫びとも言えない声が聞こえてきました。私は思わずびっくりして目を開きました。
するとどうでしょう。保安隊の兵隊がニタニタ笑いながらこの娘さんの陰部を抉り取っているのです。何ということをするのだろうと私の身体はガタガタと音を立てる程震えました。その私の身体を沈さんがしっかり抱きしめてくれました。
見てはいけない。見まいと思うけれど目がどうしても閉じられないのです。
ガタガタ震えながら見ているとその兵隊は今度は腹を縦に裂くのです。それから剣で首を切り落としたのです。その首をさっき捨てた男の人の屍体のところにポイと投げたのです。投げられた首は地面をゴロゴロと転がって男の人の屍体の側で止まったのです。
若しこの男の人がこの娘さんの親であるなら、親と子供がああした形で一緒になったのかなあと私の頭のどこかで考えていました。そしてそれはそれでよかったのだと思ったのです。しかしあの残虐極まりない状況を見ながら何故あんなことを考えたのか私にはわかりませんでした。そしてこのことはずーっとあとまで私の頭の中に残っていた不思議のことなのです。

●日本人だと気取られなかった理由

(省略)

●「数珠つなぎ」悪魔を超える暴虐

日本人居留区に行くともっともっと残虐な姿を見せつけられました。殆どの日本人は既に殺されているようでしたが、学生や兵隊達はまるで狂った牛のように日本人を探し続けているのです。あちらの方で「日本人がいたぞ」という大声で叫ぶものがいるとそちらの方に学生や兵隊達がワーッと押し寄せて行きます。
私も沈さんに抱きかかえられながらそちらに行ってみると、日本人の男の人達が五、六人兵隊達の前に立たされています。そして一人又一人と日本の男の人が連れられてきます。十名程になったかと思うと学生と兵隊達が針金を持って来て右の手と左の手を指のところでしっかりくくりつけるのです。そうして今度は銃に付ける剣を取り出すとその男の人の掌をグサッと突き刺して穴を開けようとするのです。
痛いということを通り越しての苦痛に大抵の日本の男の人達が「ギャーッ」と泣き叫ぶのです。とても人間のすることではありません。悪魔でもこんな無惨なことはしないのではないかと思いますが、支那の学生や兵隊はそれを平気でやるのです。
いや悪魔以上というのはそんな惨ったらしいことしながら学生や兵隊達はニタニタと笑っているのです。日本人の常識では到底考えられないことですが、日本人の常識は支那人にとっては非常識であり、その惨ったらしいことをするのが支那人の常識だったのかと初めてわかりました。
集めらた十名程の日本人の中にはまだ子供と思われる少年もいます。そして六十才を越えたと思われる老人もいるのです。支那では老人は大切にしなさいと言われておりますが、この支那の学生や兵隊達にとっては日本の老人は人間として扱わないのでしょう。
この十名近くの日本の男の人達の手を針金でくくり、掌のところを銃剣で抉りとった学生や兵隊達は今度は大きな針金を持って来てその掌の中に通すのです。十人の日本の男の人が数珠繋ぎにされたのです。
こうしたことをされている間日本の男の人達も泣いたり喚いたりしていましたが、その光景は何とも言い様のない異様なものであり、五十年を過ぎた今でも私の頭の中にこびりついて離れることができません。
そしてそれだけではなかったのです。学生と兵隊達はこの日本の男の人達の下着を全部取ってしまったのです。そして勿論裸足にしております。その中で一人の学生が青龍刀を持っておりましたが、二十才前後と思われる男のところに行くと足を拡げさせました。そしてその男の人の男根を切り取ってしまったのです。
この男の人は「助けて―」と叫んでいましたが、そんなことはお構いなしにグサリと男根を切ったとき、この男の人は「ギャッ」と叫んでいましたがそのまま気を失ったのでしょう。でも倒れることは出来ません。外の日本の男の人と数珠繋ぎになっているので倒れることが出来ないのです。学生や兵隊達はそんな姿を見て「フッフッ」と笑っているのです。
私は思わず沈さんにしがみつきました。沈さんも何か興奮しているらしく、さっきよりもしっかりと私の身体を抱いてくれました。そして私の耳元でそっと囁くのです。「黙って、ものを言ったらいかん」と言うのです。勿論私はものなど言える筈もありませんから頷くだけだったのです。
そして私と沈さんの周囲には何人もの支那人達がいました。そしてこうした光景を見ているのですが、誰も何も言いません。氷のような表情というのはあんな表情でしょうか。兵隊や学生達がニタニタと笑っているのにこれを見守っている一般の支那人は全く無表情で只黙って見ているだけです。勿論これはいろんなことを言えば同じ支那人ではあっても自分達が何をされるかわからないという恐れもあってのことでしょうが、全くこうした学生や兵隊のすることを氷のように冷ややかに眺めているのです。これも又異様のこととしか言いようがありません。
こんな沢山集まっている支那人達が少しづつ移動しているのです。この沢山の人の中には男もいます。女もいます。私もその支那人達の女の一人として沈さんと一緒に人の流れに従って日本人居留区の方へ近付いたのです。

●旭軒で起こった凌辱と惨殺

日本人居留区に近付いてみるといよいよ異様な空気が感ぜられます。
旭軒という食堂と遊郭を一緒にやっている店の近くまで行ったときです。日本の女の人が二人保安隊の兵隊に連れられて出て来ました。二人とも真っ青な顔色でした。一人の女の人は前がはだけておりました。この女の人が何をされたのか私もそうした商売をしておったのでよくわかるのです。しかも相当に乱暴に扱われたということは前がはだけている姿でよくわかったのです。可哀想になあと思ってもどうすることも出来ません。どうしてやることも出来ないのです。言葉すらかけてやることが出来ないのです。
二人の女の人のうちの一人は相当頑強に抵抗したのでしょう。頬っぺたがひどく腫れあがっているのです。いやその一部からは出血さえしております。髪はバラバラに乱れているのです。とてもまともには見られないような可哀想な姿です。
その二人の女の人を引っ張って来た保安隊の兵隊は頬っぺたの腫れあがっている女の人をそこの立たせたかと思うと着ているものを銃剣で前の方をパッと切り開いたのです。
女の人は本能的に手で前を押させようとするといきなりその手を銃剣で斬りつけました。左の手が肘のところからばっさり切り落とされたのです。しかしこの女の人はワーンともギャーッとも言わなかったのです。只かすかにウーンと唸ったように聞こえました。そしてそこにバッタリ倒れたのです。
すると保安隊の兵隊がこの女の人を引きずるようにして立たせました。そして銃剣で胸のあたりを力一杯突き刺したのです。この女の人はその場に崩れ落ちるように倒れました。すると倒れた女の人の腹を又銃剣で突き刺すのです。
私は思わず「やめてー」と叫びそうになりました。その私を沈さんがしっかり抱きとめて「駄目、駄目」と耳元で申すのです。私は怒りと怖さで体中が張り裂けんばかりでした。
そのうちにこの女の人を五回か六回か突き刺した兵隊がもう一人の女の人を見てニヤリと笑いました。そしていきなりみんなが見ている前でこの女の人の着ているものを剥ぎ取ってしまったのです。そしてその場に押し倒したかと思うとみんなの見ている前で凌辱をはじめたのです。
人間の行為というものはもっと神聖でなくてはならないと私は思っています。それが女の人を保安隊の兵隊が犯している姿を見ると、何といやらしい、そして何と汚らわしいものかと思わずにはおられませんでした。
一人の兵隊が終わるともう一人の兵隊がこの女の人を犯すのです。そして三人程の兵隊が終わると次に学生が襲いかかるのです。何人もの何人もの男達が野獣以上に汚らわしい行為を続けているのです。
私は沈さんに抱きかかえられながらその姿を遠い夢の中の出来事のような思いで見続けておりました。それが支那の悪獣どもが充分満足したのでしょう。何人か寄っていろいろ話しているようでしたが、しばらくすると一人の兵隊が銃をかまえてこの女の人を撃とうとしたのです。
さすがに見ていた多くの支那人達がウォーという唸るような声を出しました。この多くの支那人の唸りに恐れたのか兵隊二人と学生一人でこの女の人を引きずるように旭軒の中に連れ去りました。
そしてしばらくするとギャーという女の悲鳴が聞こえて来たのです。恐らくは連れて行った兵隊と学生で用済みになったこの日本の女の人を殺したものと思われます。しかしこれを見ていた支那人達はどうすることも出来ないのです。私も沈さんもどうすることも出来ないのです。
もうこんなところにいたくない。家に帰ろうと思ったけれど沈さんが私の身体をしっかり抱いて離さないので、私は沈さんに引きずられるよに日本人居留区に入ったのです。

●最期に念仏を唱えた老婆

そこはもう何というか言葉では言い表せないような地獄絵図でした。沢山の日本人が殺されています。いやまだ殺され続けているのです。あちこちから悲鳴に似たような声が聞こえたかと思うと、そのあとに必ずギャーッという声が聞こえて来ます。
そんなことが何回も何十回も繰り返されているのでしょう。私は聞くまいと思うけど聞こえてくるのです。耳を覆ってみても聞こえるのです。又私が耳を覆っていると沈さんがそんなことをしたらいけないというようにその覆った手を押さえるのです。
旭軒と近水桜の間にある松山桜の近くまで来たときです。
一人のお婆さんがよろけるように逃げて来ております。するとこのお婆さんを追っかけてきた学生の一人が青龍刀を振りかざしたかと思うといきなりこのお婆さんに斬りかかったのです。
お婆さんは懸命に逃げようとしていたので頭に斬りつけることが出来ず、左の腕が肩近くのところからポロリと切り落とされました。お婆さんは仰向けに倒れました。学生はこのお婆さんの腹と胸とを一刺しづつ突いてそこを立ち去りました。
誰も見ていません。私と沈さんとこのお婆さんだけだったので、私がこのお婆さんのところへ行って額にそっと手を当てるとお婆さんがそっと目を開きました。そして、「くやしい」と申すのです。「かたきをとって」とも言うのです。
私は何も言葉は出さずにお婆さんの額に手を当ててやっておりました。「いちぞう、いちぞう」と人の名を呼びます。きっと息子さんかお孫さんに違いありません。私は何もしてやれないので只黙って額に手を当ててやっているばかりでした。
するとこのお婆さんが「なんまんだぶ」と一声お念仏を称えたのです。そして息が止まったのです。
私が西本願寺の別府の別院におまいりするようになったのはやはりあのお婆さんの最期の一声である「なんまんだぶ」の言葉が私の耳にこびりついて離れなかったからでしょう。

●妊婦を引き出す

そうしてお婆さんの額に手を当てていると、すぐ近くで何かワイワイ騒いでいる声が聞こえてきます。沈さんが私の身体を抱きかかえるようにしてそちらの方に行きました。
すると支那人も沢山集まっているようですが、保安隊の兵隊と学生も全部で十名ぐらい集まっているのです。そこに保安隊でない国民政府軍の兵隊も何人かいました。それがみんなで集まっているのは女の人を一人連れ出して来ているのです。
何とその女の人はお腹が大きいのです。七ケ月か八ケ月と思われる大きなお腹をしているのです。
学生と保安隊の兵隊、それに国民政府軍の正規の兵隊達が何かガヤガヤと言っていましたが、家の入り口のすぐ側のところに女の人を連れて行きました。その女の人は何もしゃべれないのです。
恐らく恐怖のために口がきけなくなっていることだろうと思うのですが、その恐怖のために恐れおののいている女の人を見ると、女の私ですら綺麗だなあと思いました。
ところが一人の学生がこの女の人の着ているものを剥ぎ取ろうとしたら、この女の人が頑強に抵抗するのです。歯をしっかり食いしばっていやいやを続けているのです。学生が二つか三つこの女の人の頬を殴りつけたのですが、この女の人は頑強に抵抗を続けていました。そしてときどき「ヒーッ」と泣き声を出すのです。
兵隊と学生達は又集まって話し合いをしております。妊娠をしている女の人にあんまり乱暴なことはするなという気運が、ここに集まっている支那人達の間にも拡がっておりました。

●抵抗した日本人男性の立派な最期

とそのときです。
一人の日本人の男の人が木剣を持ってこの場に飛び込んで来ました。そして「俺の家内と子供に何をするのだ。やめろ」と大声で叫んだのです。
これで事態が一変しました。若しこの日本の男の人が飛び込んで来なかったら、或いはこの妊婦の命は助かったかも知れませんが、この男の人の出現ですっかり険悪な空気になりました。
学生の一人が何も言わずにこの日本の男の人に青龍刀で斬りつけました。するとこの日本の男の人はひらりとその青龍刀をかわしたのです。そして持っていた木刀でこの学生の方を烈しく打ちました。学生は「ウーン」と言ってその場に倒れました。
すると今度はそこにいた支那国民政府軍の兵隊と保安隊の兵隊が、鉄砲の先に剣を付けてこの日本の男の人に突きかかって来ました。私は見ながら日本人頑張れ、日本人頑張れと心の中で叫んでいました。しかしそんなことは口には絶対に言えないのです。
七名も八名もの支那の兵隊達がこの男の人にジリジリと詰め寄って来ましたが、この日本の男の人は少しも怯みません。ピシリと木刀を正眼に構えて一歩も動こうとしないのです。私は立派だなあ、さすがに日本人だなあと思わずにはおられなかったのです。
ところが後ろに回っていた国民政府軍の兵隊が、この日本の男の人の背に向かって銃剣でサッと突いてかかりました。
するとどうでしょう。この日本の男の人はこれもひらりとかわしてこの兵隊の肩口を木刀で烈しく打ったのです。この兵隊も銃を落としてうずくまりました。
でもこの日本の男の人の働きもここまででした。この国民政府軍の兵隊を烈しく日本の男の人が打ち据えたとき、横におった保安隊の兵隊がこの日本の男の人の腰のところに銃剣でグサリと突き刺したのです。日本の男の人が倒れると、残っていた兵隊や学生達が集まりまして、この男の人を殴る蹴るの大乱暴を始めたのです。
日本の男の人はウーンと一度唸ったきりあとは声がありません。これは声が出なかったのではなく出せなかったのでしょう。それでも支那の兵隊や学生達は乱暴を続けております。そしてあの見るも痛ましい残虐行為が始まったのです。

●頭皮を剥ぎ、目玉を抉取り、腸を切り刻む

それはこの男の人の頭の皮を学生が青龍刀で剥いでしまったのです。私はあんな残虐な光景は見たことはありません。これはもう人間の行為ではありません。悪魔の行為です。悪魔でもこんなに無惨なことはしないと思うのです。
頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき微かに手と足が動いてように見えました。
目玉を抉り取ると、今度は男の人の服を全部剥ぎ取りお腹が上になるように倒しました。そして又学生が青龍刀でこの日本の男の人のお腹を切り裂いたのです。ずるずると腸が出てまいりますと、その腸をどんどん引っ張るのです。
人間の腸があんなに長いものとは知りませんでした。十メートル近くあったかと思いますが、学生が何か喚いておりましたが、もう私の耳には入りません。私は沈さんにすがりついたままです。何か別の世界に引きずり込まれたような感じでした。地獄があるとするならばこんなところが地獄だろうなあとしきりに頭のどこかで考えていました。
そうしているうちに何かワーッという声が聞こえました。ハッと目をあげてみると、青龍刀を持った学生がその日本の男の人の腸を切ったのです。そしてそれだけではありません。別の学生に引っ張らせた腸をいくつにも切るのです。
一尺づつくらいに切り刻んだ学生は細切れの腸を、さっきからじっと見ていた妊婦のところに投げたのです。このお腹に赤ちゃんがいるであろう妊婦は、その自分の主人の腸の一切れが頬にあたると「ヒーッ」と言って気を失ったのです。
その姿を見て兵隊や学生達は手を叩いて喜んでいます。残った腸の細切れを見物していた支那人の方へ二つは三つ投げて来ました。そしてこれはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろと申しているのです。
しかし見ていた支那人の中でこの細切れの腸を拾おうとするものは一人もおりませんでした。この兵隊や学生達はもう人間ではないのです。野獣か悪魔か狂竜でしかないのです。そんな人間でない連中のやることに、流石に支那人達は同調することは出来ませんでした。まだ見物している支那人達は人間を忘れていなかったのです。

●妊婦と胎児への天人許さざる所業

そして細切れの腸をあちらこちらに投げ散らした兵隊や学生達は、今度は気を失って倒れている妊婦の方に集まってきました。
この妊婦の方はすでにお産が始まっていたようであります。出血も始まったのでしょう。兵隊達も学生達もこんな状況に出会ったのは初めてであったでしょうが、さっきの興奮がまだ静まっていない兵隊や学生達はこの妊婦の側に集まって、何やらガヤガヤワイワイと申しておったようですが、どうやらこの妊婦の人の下着を取ってしまったようです。そしてまさに生まれようと準備をしている赤ん坊を引き出そうとしているらしいのです。学生や兵隊達が集まってガヤガヤ騒いでいるのではっきりした状況はわかりませんが、赤ん坊を引き出すのに何か針金のようなものを探しているようです。
とそのときこの妊婦の人が気がついたのでしょう。フラフラと立ち上がりました。そして一生懸命逃げようとしたのです。見ていた支那人達も早く逃げなさいという思いは持っているけれど、それを口に出すものはなく、又助ける人もありません。さっきのこの妊婦の主人のように殺されてしまうことが怖いからです。
このフラフラと立ち上がった妊婦を見た学生の一人がこの妊婦を突き飛ばしました。妊婦はバッタリ倒れたのです。
すると兵隊が駆け寄って来て、この妊婦の人を仰向けにしました。するともうさっし下着は取られているので女性は一番恥ずかしい姿なんです。しかも妊娠七ケ月か八ケ月と思われるそのお腹は相当に大きいのです。
国民政府軍の兵隊と見える兵隊がつかつかとこの妊婦の側に寄って来ました。私は何をするんだろうかと思いました。そして一生懸命、同じ人間なんだからこれ以上の悪いことはしてくれないようにと心の中で祈り続けました。
だが支那の兵隊にはそんな人間としての心の欠片もなかったのです。剣を抜いたかと思うと、この妊婦のお腹をさっと切ったのです。
赤い血がパーッと飛び散りました。私は私の目の中にこの血が飛び込んで来たように思って、思わず目を閉じました。それ程この血潮の飛び散りは凄かったのです。
実際は数十メートルも離れておったから、血が飛んで来て目に入るということはあり得ないのですが、あのお腹を切り裂いたときの血潮の飛び散りはもの凄いものでした。
妊婦の人がギャーという最期の一声もこれ以上ない悲惨な叫び声でしたが、あんなことがよく出来るなあと思わずにはおられません。
お腹を切った兵隊は手をお腹の中に突き込んでおりましたが、赤ん坊を探しあてることが出来なかったからでしょうか、もう一度今度は陰部の方から切り上げています。そしてとうとう赤ん坊を掴み出しました。その兵隊はニヤリと笑っているのです。
片手で赤ん坊を掴み出した兵隊が、保安隊の兵隊と学生達のいる方へその赤ん坊をまるでボールを投げるように投げたのです。ところが保安隊の兵隊も学生達もその赤ん坊を受け取るものがおりません。赤ん坊は大地に叩きつけられることになったのです。何かグシャという音が聞こえたように思いますが、叩きつけられた赤ん坊のあたりにいた兵隊や学生達が何かガヤガヤワイワイと申していましたが、どうもこの赤ん坊は兵隊や学生達が靴で踏み潰してしまったようであります。
あまりの無惨さに集まっていた支那人達も呆れるようにこの光景を見守っておりましたが、兵隊と学生が立ち去ると、一人の支那人が新聞紙を持って来て、その新聞紙でこの妊婦の顔と抉り取られたお腹の上をそっと覆ってくれましたことは、たった一つの救いであったように思われます。

(後略)

--------------ここまで--------------

佐々木テンさんは、この事件で支那人の残虐性を知り、支那人への嫌悪からのちに離婚されている。上記の証言であった支那人に青龍刀で斬られたお婆さんが "そっと目を開きました。そして、「くやしい」と申すのです。「かたきをとって」とも言うのです。" この目撃証言が広く一般に知れ渡ることは、このお婆さんの無念の想いが生きたからだと信じたい。