我が党は1996年からエルンスト・ツンデル(Ernst Zuendel)氏、歴史見直し研究所(IHR)との交流があり、戦後、戦勝国により創り上げられた偽の歴史を史実に基づき正しく歴史修正をする運動に共闘して来た。国際電話や郵便物などで連絡を取り合っていたが、当時彼は裁判の真っ最中で、来日は不可能だった。落合信彦の『20世紀最後の真実』では、ツンデル氏を面白おかしく取り上げているが、内実はとんでもない恐ろしさを秘めたドイツの愛国者であり、デッチあげられた「ホロコースト」の濡れ衣を晴らすために78歳の生涯を捧げた人物であり、歴史修正主義の先駆者である。

Ernst Zuendel-letter





(ツンデル氏から、我が党総裁 山田一成へ届いた葉書)

ツンデル氏の『六百万人は本当に死んだか』を読んでからの生き様は、まさに闘争であった。このパンフレットを世界中に配布したのは、戦勝国の手に拠る "歴史改竄" の可能性を問う闘争であった。絶対的有利なユダヤと戦勝国に対する闘いであった。カナダ法廷に於ける闘争は、宣誓証言により、でっち上げられた "証拠" が嘘であることを世に知らしめた闘いであった。それまでは、ホロコーストをその目で見たと吹聴するユダヤ人の証言が「実は、自身の実体験ではなく伝聞によるものでしかないこと」、ガス殺人の検視記録がないこと。ガス殺人の現場を化学的に調べ上げた『ロイヒター・レポート』に拠り、殺人用ガス室では青酸ガスは使用されていないことなどが明るみになった。この詳細で化学的な報告書の提出後、ホロコースト肯定論者の代表格ラウル・ヒルバーグですら、「アウシュヴィッツ、アウシュヴィッツ=ビルケナウでの死亡者数を400万人から110万人へと激減」させている。また、ヒルバーグはツンデル裁判に於いて「ユダヤ人問題に関する最終的解決の記録、特定の計画、メモは、一つとして発見することは出来ない。ガス室で殺された被害者は居なかった」とも認めているのだ。

真実を知りたいと云う至極当然な想いが、現代の闘士、ツンデル氏の胸中には燃えていたのであろう。彼の不屈の信念は本物であった。ツンデル氏はカナダの裁判に勝利した。がしかし、ユダヤの卑劣な手段に因り、KIKEの狗、米国で入管法違反に拠り逮捕、カナダでの拘留後、ドイツへ強制送還され有罪を宣告された。

でっち上げのホロコースト "加害者" であるドイツ、ツンデル氏が身命を賭して「誇り」を取り戻させようとした祖国は、ツンデル氏の愛国的行為を踏みにじり、彼を裏切った。我が国では、敗戦日の昭和20年8月15日は、「総力戦に敗れた悲しみの日、または英霊に感謝し我が民族の犠牲者を悼む日」であるが、戦後四十周年の1985年5月8日に、元西ドイツ大統領ヴァイツゼッカーの「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目になる」と云う一節で有名な演説――我が党から見ると欺瞞と自己矛盾に満ちた駄文――で取り上げられたように、ドイツでは1945年5月9日の敗戦は「解放と喜びの日」であると云う。このドイツに於ける売国奴ヴァイツゼッカーは「ドイツの歴史を反省する日」とまで述べている。

この一見すると人道主義者、良識派の体裁を有する演説は、では具体的に何を反省する必要があると云うのか? でっち上げの「600万人ユダヤ人大虐殺」なのであろうか。であるならば、まず第一に、ホロコーストを否定する発言や行動をした者は最高五年の禁固刑に処され年金支給停止などもあり得る「アウシュヴィッツの嘘」発言処罰法を廃止せよ! またナチス・ドイツを肯定する個人や団体に適用される「民衆扇動罪」を廃止せよ! 左記の法律等――体裁は法律であるが、まさしく「言論弾圧装置」である――は、貴様等が最大限尊重されなければならないとする基本的人権の根幹である「言論の自由」「表現の自由」を完全に否定している。ツンデル氏が起こした闘いは、「ホロコースト」の最大の敵が、言論と表現の自由であることを満天下に知らしめたのである。

Ernst Zuendel










(闘士、エルンスト・ツンデル(Ernst Zuendel)氏)

「600万人ユダヤ人大虐殺」この様な謂れのない贖罪教育を、未来永劫、子供達に施さんとする国家に、「言論」を以て闘ったのがツンデル氏であった。我々は謹んで彼の冥福を祈り党員一同喪に服している。2010年冤罪の彼に懲役刑の判決を出し、刑務所に叩き込んだドイツ政府に我々は抗議活動を行うつもりである。