我々、歴史修正主義者を長年に亘り牽引されてきたロバート・フォーリソン(Robert Faurisson)博士が10月21日に心臓発作で逝去された。

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フォーリソン博士は、「歴史の真実」を真摯に追及し、特に「ホロコーストの嘘」を検証することに命を捧げてこられた。「ホロコースト」に関する言論及び表現の自由が争点となった所謂「ツンデル裁判」に於いても、ツンデル氏の弁護のために尽力され、一次史料に基づいた学術的な証拠を突きつけ、その結果、カナダ裁判所は「ホロコースト」の事実認定を避けた。また、歴史修正学会(IHR)の学術的・精神的な支柱であった。博士自身も数回に及ぶユダヤ人からのテロから生き延び亡くなるまで「ホロコーストの嘘」検証に命を懸けてこられた。そして「ホロコーストの嘘」を証明した博士こそが真の勝者である。 

(ロバート・フォーリソン(Robert Faurisson)博士)
(以下のリンクは、ファーリソ博士が友人達との会合を妨害された動画である。糞ユダヤ人達に!)
●殺人用ガス室はなかった
フォーリソン博士は、1960年に「ホロコーストはなかった」との考えに出会い衝撃を受ける。ポール・ラッシニエに始まるホロコースト否定論には「ホロコースト肯定派」に反論する説得力があった。博士自身も「ホロコースト」研究のため、膨大な資料を検証し、1974年に「殺人用ガス室は存在しなかった」との結論を得る。博士は「文書と写真が存在を主張するもの」に学者の視線で疑問を呈し、それらに存在する矛盾を暴いてきた。その一例をあげれば、アウシュヴィッツⅠの設計図を検証し、第一死体焼却棟(KrematoriumⅠ)にあったとされる殺人用ガス室とされる箇所には「遺体安置所(Leichenkeller)」と記されているのを発見し世に公表したのも博士である。――アウシュヴィッツ=ビルケナウにあったとされるKrematoriumⅡ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴも同様である。フォーリソン博士の「殺人用ガス室は存在せず」と云う結論及びその後の検証に拠り、当初は反論し“新証拠”を出してきた「ホロコースト肯定派」も提示する資料が悉く反証として立証されるため、現在「ホロコースト肯定派」は、沈黙
と非道なる暴力を用いるばかりである。

●フォーリソン博士の遺志を継ぐ

東欧ゲットーあがりのならず者どもが構築した「でっち上げのホロコースト」と云う不定形の幻影は、彼奴等が繰り返してきた“ほころびを繕う”行為――存在証明の軌道修正により既に理論破綻している。ここまで「ホロコースト肯定派」を追い詰めたのは、フォーリソン博士を筆頭とする歴史修正主義者である。2017年、 2018年はファーリソ博士、ツンデル氏と歴史修正主義者の指導者的立場の盟友が亡くなった。我が党は哀悼の意を表すると共に、彼らの遺志を受け継ぎ、その闘いを継承してゆくことを誓うものである。

(フォーリソン博士の著書「Just Who Is Robert Faurisson?」)
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